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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)10606号 判決 1983年9月19日

原告 国枝正志

被告 甲野太郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件の経過

(一) 原告は、昭和二四年七月一〇日、法務府札幌成人保護観察所に雇として採用され、同年八月二五日、同府北海地方成人保護事務局(現法務省北海道地方更生保護委員会事務局)に配置換となった。

(二) しかるに、国は、昭和二四年一〇月三一日、原告を札幌少年保護観察所雇に配置換し、同観察所長である被告が、同日付で、原告に対し同人の辞職願申出による依願免職処分をしたとして、原告を国家公務員として扱わない。

(三) そこで、原告は国に対し、昭和五〇年九月二六日、東京地方裁判所に、原告が国家公務員(法務省北海道地方更生保護委員会事務局職員)の身分を有することの確認を求める訴え(東京地方裁判所昭和五〇年(行ウ)第一二三号身分確認請求事件、東京高等裁判所同五一年(行コ)第八七号同控訴事件。以下別訴という。)を提起したが、右訴訟は、被告が、原告に対し退職辞令を交付した等と虚偽の証言を行ったため原告の敗訴に帰し(昭和五二年一〇月一七日確定)、その後提起した再審請求(東京高等裁判所昭和五四年(行ソ)第四号及び同昭和五六年(行ソ)第七号)も却下された。

2  責任原因

被告は、別訴において、東京地方裁判所及び東京高等裁判所に証人として出頭した際、自己の記憶に反して、「原告に対して昭和二四年一一月五日ないし同年一二月末日ころまでに退職辞令を交付した」等と虚偽の事実を申し述べ、もって、裁判所の判断を誤らしめたものである。

3  損害

原告は、被告の前記虚偽証言により誤った判決を受けたために、国家公務員に復帰することに伴う報酬受益権年金受益権及び退職金受益権を失ったほか、被告の虚偽証言を聞いた母親が心労のため死亡し、また敗訴判決を聞いた義父が心労で死亡し、原告自身も勤労意欲を阻害された等の精神的損害を被ったが、以上の損害は総額で金一億円を下らない。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害のうち金一〇〇〇万円の支払をなすことを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)、(二)の事実を認める。

(二) 同(三)の事実中、別訴において、被告が、原告に対し退職辞令を交付した等と虚偽の証言を行ったため原告の敗訴に帰したとする点を否認する。

2  同2、3の事実を否認する。

第三証拠《省略》

理由

原告の本訴請求は、別訴における被告の証言が偽証であって別訴は右偽証に基づく誤った判決であり、真実原告は国家公務員の地位を有するとの事実を前提とするものであり、右の前提事実が認められるのでなければ、原告の請求は主張自体が意味を失う関係にあるので、まず、この点について判断することにする。

本訴請求は前訴において虚偽証言を行ったとされる証人に対する損害賠償請求であって、別訴とは当事者を異にするのであるから、既にこの点において、本訴請求は別訴判決の既判力に触れるものではない。

しかし、法は、誤判を避けるため、三審制度をもうけ、事実認定については当事者双方に十分に攻撃防禦を尽くす機会を与えており、その結果として、判決が確定したときには、既判力をもってその判断を尊重すべきものとしているのである。したがって、判決の成立過程に不正があったとして、前訴の判決内容と相反する事実を前提に、右不正行為をなしたとする者に対し不法行為による損害賠償請求をすることができるのは、右不正行為につき有罪判決が確定する等の明白に公序良俗に反する事実が存する場合に限られるものと解すべきである。けだし、右のような請求を制約なしに認めるとするならば、際限なく紛争のむし返しを許すことになり、実質的に判決の既判力を無視し、再審制度を無意義とする弊を避止することができないからである。

これを本件についてみるに、原告の主張は、要するに、被告の偽証により原告は別訴において敗訴したので、その結果原告が被った損害の賠償を被告に求めるというに尽き、しかも別訴につき原告は再審を二度経て却下されているのであって、被告の偽証につき刑事上有罪判決が確定している等の明白に公序良俗に反する事実の存在についての主張、立証は見当たらない。

してみると、原告は、別訴において、一審、二審を通じ、十分に攻撃防禦の機会を与えられていながら、被告の証言が虚偽であるとの事実を証明することができなかったのであるから、更にこの点をむし返して単に被告の偽証を攻撃するにすぎない本訴請求は、前示の趣旨に照らし許されないというべきである。よって、その余の点について判断するまでもなく本訴請求は失当であるというほかない。

以上のとおりであって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南新吾 裁判官 野﨑薫子 藤本久俊)

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